『シンガポールの歴史を刻んだ絵ハガキSingapore Historical Postcards』ページをめくる心地よさを作る

旅行の土産で買われる本

東南アジアをよく旅行していた頃に買った本です。

『Singapore Historical Postcards』Times Editions, 1986初版、1988再版

シンガポールの古い絵葉書を集めた本です。シンガポールはこの本が出版された当時、昔ながらの情緒ある古い街並みをどんどん壊して、新しいビルに建て替えていました。

散歩していても、そういう場面に必ず出くわすものでしたので、旅行して古い街並みに愛着を覚えた人が空港やホテルの書店とかで購入したケースも多いと思います。私もおそらく、空港の書店あたりで買ったのではないかと思います。

資料的に素晴らしい

この本の素晴らしい点のまず一番目は、観光スポットや旅行者が訪れやすい場所の昔の姿が収められいること。

オーチャードロード、ボートキー、ラッフルズプレイスといった、シンガポール観光で必ず訪れるような場所がちゃんと入っています。
東京で言えば、浅草雷門や東京駅、二重橋のような感じでしょうか。
それぞれの写真を見る楽しさがあります。

レイアウトも非常に美しいです。

この本のページ構成

この本を買ってから約30年、ずっと好きな本の一つなのですが、今回改めてページをめくってみて、いろいろなことを作り手が考えているなあと改めて思いました。

その中の一つ、本の冒頭からのページ構成についてご説明しようと思います。

まずは「表紙(カバー)」です。

めくると、「見返し」があります。カバーを折り返した「ソデ」には、かつて絵ハガキの写真を撮影していた写真館の広告があります。

まためくると、ここは本のタイトルのみ。

さらにめくると、「奥付」と本のタイトル。今度はサブタイトルや出版社の名前も入っています。

さらにめくると、2ページぶちぬきの写真。フォートカニングという丘から撮影された写真です。そこに簡潔な目次。

次は、「序文」で、古い絵葉書の歴史について、語られていきます。

これが、写真だけの2ページをはさんで、8ページ分あります。

そうして、、、めくった14ページから、「有名な場所、街、交通機関、港」という章となり、ようやく本のメインディッシュである、個々の絵ハガキの説明が始まります。

ずっとめくっていって、66ページで章が変わります。「移民社会」。

さらにめくっていくと、82ページでも章が変わり、「郊外、海岸沿い、昔ながらの生活」。

最後に「索引」です。

めくる度に次の世界がある

本を読む人は、本の途中から開いて、そこから読み始めるかもしれないのですが、なぜか本の冒頭の作り方というのは、本の印象に深く結びつきます。

たぶん、映画の冒頭のシーンとか、歌謡曲のイントロとか、そういうものと同じなのだろうと思います。

映画も歌謡曲も大事なのはクライマックスやサビの部分だとしても、その前段をどう作るかは、それなりに作品の印象に影響します。
本も同様です。

この本の場合に、最初にタイトルだけのページがあって、奥付があり、その後ようやくサブタイトルや出版社の名前が出てきます。その後、ぶち抜き写真で目次。。。

すみません。上で書いたままの話なのですが、これは、本を作った人たちが、ページをめくっていく時に、どんな印象を読者が持つか? どうやってドラマチックな印象を作っていくか? を綿密に考えてページを構成したから出来ているのです。
めくる度に次の世界が少しずつ現れていく。この展開がたまりません。

この冒頭ページの構成が全ての本にとって良いわけではありません。

それぞれの本にとって、それぞれの構成があるべきです。

この本は、お土産として買われることも含めて考えたときに、ページを贅沢に使って冒頭の作り方に力を入れる余裕があったのだろうと思います。

編集者と協力者のチーム

今回この記事を書くにあたって調べていたところ、編集者のGretchen Liuさんは、シンガポールの歴史にまつわる写真主体の本を数多く編集していたことを知りました。そして、その中の1冊を、私は持っていました。
『Pastel Portraits』という本で、絵葉書の本の2年前の1984年に出版されています。

この2冊で、Gretchen Liuさんがライター、編集者として関わり、デザインはViscom Design Associatesという会社。文字組みはSuperskill Graphics Pte Ltd.。
この3者が共通して関わっています。

『Pastel Portraits』は、資料的な価値としては、絵葉書の本よりも優れています。
シンガポールのいろんな街並みの、壊される前の写真を丁寧に撮影して収録しているからです。

ただし、本としての情緒でいうと、絵葉書の本のほうがよいのです。

ここからは完全に推測ですが、1984年に『Pastel Portraits』を作った編集者、デザイナー、文字組みの人たちは、「すごい本を作ったけど次はさらに本としての完成度に磨きをかけよう!」と誓いあい、そうして2年後に絵葉書の本、『Singapore Historical Postcards』が出来たのではないかと思います。

 

参考ページ:

編集者Gretchen Liuさんの紹介(英語)

編集者Gretchen Liuさんの夫、Liu Thai Kerさんについての記事(英語)

夫のLiu Thai Kerさんは、シンガポールのHDBで長年都市計画の策定に携わっていたようです。そのキャリアや考え方をまとめている記事です。長く知り合いだったという北京の都市計画をやっていた人と両方の紹介がされています。シンガポールの歴史や都市計画などに興味がある方にはおすすめの記事です。

hosokawakobo
細川生朗 Hosokawa Seiro
1967年生まれ。1991年に情報センター出版局に入社。『水原勇気0勝3敗11S』『いちど尾行をしてみたかった』『笑う出産』などのヒット作を編集。1994年に『きょうからの無職生活マニュアル』、1998年に『旅の指さし会話帳①タイ』を企画・編集。いずれも累計100万部以上のシリーズとなる。2001年に情報センター出版局を退職。その後、フリーの編集者として、実用書を中心にした単行本の企画・編集、自費出版の写真集や記録集の編集、社史の編纂などを手がけつつ、指さし会話帳シリーズの編集も続けている。