『People of the Golden Triangle』ページフォーマットが持つ力

旅行先で本を買う楽しさ

旅行に行くと書店に寄って、本を買います。
ネットのない時代には資料を集める意味もありましたし、家に帰って開いたときになんとも言えない満足感を感じました。
織物、染物、刺繍などの布の本や、図鑑的な本をよく買いました。

この本『People of the Golden Triangle』(Paul and Elaine Lewis/発行Thames and Hudson)も、東南アジアを旅行中に買った本です。

タイ北部の6つの民族の暮らしや、衣服、装飾品、工芸品などを文章と写真でまとめていて、1984年初版発行。
私が買ったのは、1990年頃だろうと思います。

美しい白黒写真は当時の職人の技

300ページあり、写真がたくさん入っています。
銀製品がモノクロで印刷されていたりするのですが、それも美しいです。

写真自体も丁寧に撮影され、そのプリントもよいのでしょう。
ただ、当時は今のようにPhotoshopで自由に写真を加工できるような時代ではありません。
きれいな印刷写真が出来上がるには、次のような過程が必要です。

1)モノクロのフィルムをきれいにプリントする人がいて美しいプリントが仕上がる。
2)そのプリントを製版する職人さんが適性に製版する。
3)その製版で出来上がったフィルムを、印刷する版(刷版:さっぱん)に適切に焼き付ける職人さんがいる。
4)その刷版を印刷機に取り付けて、適正な濃度になるように印刷する。

こういう職人さんがきちんとした仕事したから、きれいな本が出来上がっているわけです。
コントラスト、シャープネス、完璧です。

この本の魅力:資料としての価値と、写されているものの美しさ

いろんなところにほれぼれする本ですが、その中でも魅力な点として、

1)写真が資料的に見て素晴らしい
2)写真に写されているものが美しい
という2点がまずは挙げられます。

著者たちは、アメリカのバプティスト教会の宣教師だったようで、少数民族の生活改善のために、非常に長いあいだこの地域に住んでいたようです。
その間に撮りためた写真がたくさん使われていて、生活の場面がたくさん出てきます。
資料的な価値のある写真です。

撮影されている物も、よくこれだけ集めたなあと思う物ばかり。
その質と量に圧倒されますし、それぞれに美しいのです。

フォーマットの持つ力

もう一つ、この本の魅力として挙げたいのは、
3)本全体のフォーマットが美しい
という点です。

この本は1ページを3つの「段」で分割したフォーマットを基本としています。
文章も写真も基本的にはこの「段」を基準にしてレイアウトされています。

80年代の本なので、今のように、写真をかたむけたり、切り抜いたりといった加工が手軽にできた時代ではありません。
加工はできたけれど、今と比べると数倍の手間と、数十倍の経費が必要だったと考えるとよいと思います。

そういう理由もあって、決まったフォーマットに入れていくことになった面もあるはずです。
ただ、6つの民族のいろんな写真が、整然と並んでいくことで、読者は写真の中身に集中できるというメリットも生まれています。
この本を編集した人は、そのことはよくわかっていて、そうしているはずです。

本全体のフォーマットがしっかりしていると、その枠組みが統一感を生むので、本の世界が破綻しづらくなります。

本のフォーマットを作る基本は次のようなものです。

・余白の幅を本全体で統一する。
・ノンブル(ページ番号)を同じ位置に同じ書体で入れる。
・本文の書体(フォント)や大きさを揃える。
・章のタイトルを各ページに同じ位置に同じ書体で入れる(柱:はしら)。

こういった手だてが、本のフォーマットとなります。

フォーマットが強いことの良い点、悪い点

ただし、フォーマットの支配する力が強すぎると、本の勢いは失われがちです。
整然とお行儀良くまとまるので、物足りなさが出てしまうのです。
とくに、今のように、いろいろな加工を駆使したデザインやビジュアルであふれた時代にあっては、そう受け取られがちです。

広い範囲の人に伝えようとするならば、あまりお行儀よくなく作るほうがよく、フォーマットを意識する必要性は低くなります。
ガチャガチャしたほうが楽しそうに見えるし、面白さが伝わりやすいです。

一方で、伝える範囲が限られている本は、読む人は読むので、フォーマットを重視するほうが、読む側は内容に集中できます。
また、資料的なもの、後に残るものは、フォーマットをきっちりさせて、あまり破綻させないほうがよいです。
破綻して、今の時代から見て新しいものは、数年たてば古いものになります。

結局はどういう目的で本を作るのか?が重要です。
目的によって、フォーマットをどれだけ重視するかは変わってくるのです。

この本『People of the Golden Triangle』は、もともと、ハデにレイアウトしたら読者が倍増するというものでもないですし、資料的な意味で買い求める人が多いので、フォーマットがしっかりしている作りがふさわしいのです。

現在もこの本はネットで探すと手に入ります。
意外と安いです(^^)。

hosokawakobo
細川生朗 Hosokawa Seiro
1967年生まれ。1991年に情報センター出版局に入社。『水原勇気0勝3敗11S』『いちど尾行をしてみたかった』『笑う出産』などのヒット作を編集。1994年に『きょうからの無職生活マニュアル』、1998年に『旅の指さし会話帳①タイ』を企画・編集。いずれも累計100万部以上のシリーズとなる。2001年に情報センター出版局を退職。その後、フリーの編集者として、実用書を中心にした単行本の企画・編集、自費出版の写真集や記録集の編集、社史の編纂などを手がけつつ、指さし会話帳シリーズの編集も続けている。