『メコンの国 旅行情報ノート』オキテ破りな作り方

ミニコミ的な作りの本

1995年に刊行されたベトナム、カンボジア、ラオス、雲南などのガイドブックです。

『メコンの国 旅行情報ノート』(著者:蔵前仁一+『旅行人』編集室/発行:旅行人/1985年4月)

この本が変わっているのは、普通のプリンターでプリントした普通紙を版下にしていることです。

当時、いや今もですが、印刷はできるだけキレイに、というのが出版、印刷業界の人にとっては常識です。当時、通常の印刷の版下に使われていたのは専用のプリンターで出力した、写真のようなプリントです(正確に言うとプリントではないですが、その辺は長くなるので割愛します)。

普通紙のプリンターで出力した紙を版下に使う方法は、ミニコミレベルで使われることはあっても、商業出版ではNG。これが一般的な考えでした。というか、普通の出版社では考えもしないやり方でした。

その掟破りな方法で作られているのがこの本です。

掲載されている写真は、そういう過程を経ているので、クオリティは低いです。
でも、この本を買う人にとっては、それでもいい。
私自身、ミニコミを作ったこともあったので、ミニコミ用にプリントを版下にしたことはありました。
でもまさかそれを商業出版でやるなんて!と驚いたのを覚えています。

企画がかぶった!

この本が出版された当時、ベトナムブームのような状況があったのです。

新しい旅行先、旬な場所としてのベトナムが注目され、本がいくつか出ていました。
私もベトナム関連の本を企画中でした。

まさに、簡単なガイドブックを考えていたので、この本が先に出版されたことで計画変更することになりました。

そういう意味でも非常に印象深い本でした。

DTP黎明期ならでは

この本の作られ方を、私なりに推理すると、おそらく、こんな具合だったろうと思います。

MacのDTPでページを作成し、プリンターで出力。

手書きの地図はそこにコピーで貼り付け。

これを版下として印刷所に渡して、製販して印刷したのだろうと思います。

今はPDFでデータを渡せば、格安印刷でも簡単に手配できますが、当時の印刷製版の主流は、先ほども書いたように、きれいな専用のプリンターで文字を出力し、それを専用のカメラで撮影して製版し、フィルムを作った上で、別進行で製版した写真をフィルム上で貼り合わせていく方法でした。

もう少し進んで、DTP上で写真を扱う際も、今と全然事情が違いました。

写真はカメラで撮影したフィルムを現像してプリントするものでしたから、そのプリントを印刷所などでスキャンしてもらう必要がありました。

今と比べると、本当に手間もお金もかかるものだったのです。

ミニコミ的だけど丁寧

DTPでページを作って、専用のプリンターで出力するのではなく、手元にあるプリンターでプリントしてしまえば安く済みます。

写真も一緒にプリントしてしまって、そのまま製版する。
仕上がりのクオリティは落ちるけど、それでもいい。そういう、様々な判断があって作られたのだと思います。

ただし、編集自体はとっても丁寧です。

小さな街の地図が用意され、時には地図は手書きで入っています。
そんな手書き地図の中の書き込みも細かくて楽しいです。

各国の簡単な会話集も入っています。

蔵前仁一さん

旅行人の編集にあたっていたのは、蔵前仁一さん。旅行人で多くの作家を世に送り出し、ご自身もたくさんの旅行関連書を書かれています。

70年代からミニコミ的なメディアなど、様々な媒体を経験されたようです。
この本が出たときにはすでに十数年のキャリアがあったはずです。ミニコミの時代から、たくさんの経験をしてきたからこそ、こんな本作りができたのだと思います。

ちょっととりとめなくなってしまいましたが、こういった本作りの上で大事なのは編集です(もちろん、この本では丁寧な取材も重要)。

印刷のクオリティ、デザイン、表紙の紙、等々、編集の範囲は広く、どこに重点をおくことが大切か? それを考えることが大切です。
前例をあえて踏襲しない、そういう判断が効果的な場合もあるのです。

hosokawakobo
細川生朗 Hosokawa Seiro
1967年生まれ。1991年に情報センター出版局に入社。『水原勇気0勝3敗11S』『いちど尾行をしてみたかった』『笑う出産』などのヒット作を編集。1994年に『きょうからの無職生活マニュアル』、1998年に『旅の指さし会話帳①タイ』を企画・編集。いずれも累計100万部以上のシリーズとなる。2001年に情報センター出版局を退職。その後、フリーの編集者として、実用書を中心にした単行本の企画・編集、自費出版の写真集や記録集の編集、社史の編纂などを手がけつつ、指さし会話帳シリーズの編集も続けている。