『でんしゃでいこう でんしゃでかえろう』本に穴を開ける経費と本の神様
何度も読むことになる面白さ
子供を育てるときに、自分が昔好きだった本をやっぱり読んであげたいと思うもの。
ぐりとぐらを読んだりしましたが、新しい本にもよいものがたくさんありますね。
そら豆くんシリーズもよかったし、セーラームーンの本もよかったです。
なかでも「面白い本だなあ、よく出来てるなあ」と感心したのがこの『でんしゃでいこう でんしゃでかえろう』(間瀬なおかた/ひさかたチャイルド刊)でした。
編集者の私が面白いと思うだけでなく子供にとっても面白い。それで何度も読むことになる、そういう本です。
雪の降る「やまのえき」を出発した電車が、いろいろな景色の中を走って、最後は「うみのえき」に到着します。
雪の中で子供達が元気に遊ぶ山里、雪の野原、川の上流、海辺の丘などの景色と、トンネルのページが順番に登場します。
ここに、この本独特の仕掛けがあります。
ページにトンネルの穴が開けてあって、次のページ、前のページが見えるようになっている。
これがまた、実によく出来ていて、「あ、次はこのページだな」と思わせる。
めくるとトンネルの前と違う世界が現われる。この感じが実際の電車に乗ってトンネルを抜ける感じに近い。
なんとも言えない感じがします。
何度めくってもそう思います。
トンネルの中のページでは、電車の中の光景が描かれているのですが、けんかをしていたり、トランプをしていたり、写真を撮っていたり、これも何度見ても面白い。
結局子供は「やまのえき」から「うみのえき」まで読むと、また読んでというので、今度は「うみのえき」から「やまのえき」までを読む。その繰り返しになります。
『でんしゃでいこう でんしゃでかえろう』というタイトルは、このことを指しているわけです。
絵の細かいところにも、さまざまなことが隠してあって、何度も見ると、何度も発見があり、本当に飽きないです。
穴開けで想像される大変なこと
さて、この本、編集者として気になったのはやっぱり穴のことです。
こういう加工をする際には、穴を開けるための型がまずは必要です。
この本の場合、ページごとに穴の開いている位置が違うので、ページごとの型が必要となります。
たぶん、この本も最初に型を作るだけで数万円くらいかかっていると思います。
そして、実際の加工では1枚XX円といった具合に穴を開ける代金が必要となります。
普通の本は印刷した紙を折って、それを束ねて糊付けして、本の上、下、横(天と地と小口)を裁ち落とします。
でもこの本の場合は、印刷の後、まずは穴を開けて、それから紙を折って製本です。
おそらく、穴を開けてから折るときに、シワになるとか破れるといった問題が生じないように、穴の大きさや位置の制限もあったはずです。
絵柄を作って行く時に、製本所、編集者、著者がその点を共有して進めたのでしょう。
出版社としては、穴開けの金額を含み込んだ予算組みが必要となります。
予算組み、とさらっと書きましたが、普通の本を1冊作るときに、型代数万円、1枚XX円の加工代は、そんなに軽いものではありません。
出来上がった本を見た人は「いい本だね、面白い本だね」と言えるのですが、この本のページをめくった時の独特の印象は、説明されてわかるわけでもありません。
とはいえ、実際の仕上がりと同じものを企画段階で準備することは不可能です。
著者は出来上がりに自信を持っていたとしても、編集者はどう思ったのだろう?と気になります。
社内でも、どんな意見があったのでしょうか? 反対意見や疑問の声も当然あったはずです。
それだけのお金をかけて、本当に売れるのかどうか? 同じような本で成功した事例があるのか? といった意見です。
編集者がその説得にあたることもあったでしょう。
いずれにしても、こういう本を成立させるためには、魅力的なコンテンツを作り出す著者と、それを実現させるために裏方となる編集者が必要となります。
本の神様
よい本が出来る時に、出来上がってから「ああ、自分が作っていたのは、こういう本だったんだ」とわかることがあります。
著者や編集者がいくらコントロールしようと思っても、その狙い通りに本が出来るものでもありません。
あんまりうまくいかない部分も必ずあるし、ものすごくよく出来るところもある。
結果として人智を越えたような本が出来上がることもあります。
本の神様がいて、そうさせるのだろうと私は思っています。
この本のページをめくっていった時の独特の感覚。
著者や編集者はサンプルを作って確認はしていたでしょうが、たぶん、予想を越えてよく出来上がっているのではないかと思います。
この本にも、本の神様が降りてきたのだと思います。